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岡山地方裁判所津山支部 昭和37年(ワ)76号 判決 1963年4月01日

判   決

岡山市厚生町一丁目六一番地

原告

小西勝

被告

右代表者法務大臣

中垣国男

右指定代理人

森川憲明

上野国夫

森本湊

福島豊

右当事者間の取立命令に基づく取立請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「被告は原告に対し金一二万五三四〇円およびこれに対する昭和三七年七月一六日以降完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として

原因は訴外小笠守之に対する岡山簡易裁判所昭和三六年(イ)第一〇四号貸金請求事件の和解調書正本に基づき、右訴外人が訴外今井正秀から仮差押を受け、その解放金として昭和三六年六月二二日岡山地方法務局津山支局に供託(同年金第八一号)した金一二万五三四〇円の供託物取戻請求権を、昭和三六年七月二九日被告を第三債務者として岡山地方裁判所同年(ル)第一四九号債権差押命令によつて差押え執行した。そして原告は昭和三七年五月一日同裁判所の右債権取立命令をえた上、同年七月七日書留内容証明郵便を以て被告に対し同年七月十五日までに右支払らいを催告した。しかるに被告が右支払らいをしないので右供託金およびこれに対する催告期限の翌日である昭和三七年七月一六日以降完済にいたるまでの年五分の割合による遅延損害金の支払らいを求める。と述べ、(中略)

被告代理人は、同文同旨の判決を求め、

本案前の答弁として、供託の法律関係は公法関係というべく、原告主張の供託物取戻請求権を行使するには、供託法八条、供託規則二二条以下の規定により供託書正本を添付した供託金払渡請求書を供託所に提出すべきである。しかして供託官吏はこれを審査して、払渡の認可または却下の処分をするのであるが、却下処分に不服の場合は、法務局長に審査請求をするか、却下処分の取り消しを求める抗告訴訟を提起して救済を求むべきである。しかるに原告は右手続によることなく、本件給付訴訟を提起したもので本件訴は不適法である。

本案の答弁として、原告主張事実は全部これを認める。原告が債権差押を執行したのは、仮差押解放金の取戻請求権に対するものであるところ、右解放金は仮差押執行物件に代るものであり、仮差押の効力は、右解放金の上に存続するのである。ところで供託については、供託規則一三条二項六号によつて、供託書に供託物還付請求権者を表示すべきこととなつておるが、本件供託については仮差押債権者である訴外今井が還付請求権者と表示されており、同人が還付請求権を有することは明らかである。しかして訴外今井は、本案訴訟で勝訴の確定判決をえた場合、供託法八条供託規則二二条以下の規定によつて、右供託金の払渡を請求しうるのである。

しかるところ、原告は右還付請求権と無関係な、訴外小笠の有する供託物取戻請求権について差押を執行したのである。仮差押債務者が仮差押解放金の取り戻しを請求しうるのは、仮差押決定取り消しの裁判が確定した場合、仮押差債権者が本案訴訟で敗訴した場合等供託原因の消滅した場合に限られるが、仮押差債権者が本案訴訟で勝訴に確定すると、仮差押債務者は供託原因の消滅を証しえないから、供託物取り戻しの請求はできないこととなる。しかして本件の場合、仮差押債権者である訴外今井が本案訴訟で勝訴の確定判決をえたので、訴外小笠の供託物取戻請求権は発生しないこととなり、原告の差押執行はその効力がないこととなつた。

そして訴外今井は、昭和三七年六月二七日供託所に適法な本件供託金払渡請求書を提出し、供託官吏は右払渡を認可したのである。

すなわち原告が本訴で請求する債権自体が存在しないのであるから本訴請求は失当である。

と述べ(証拠―省略)た。

理由

被告はその主張のとおり本件訴は不適法であると主張するので、まずこの点について考えるに、原告主張事実によつて明らかなとおり、原告は供託法、供託規則により供託金の払渡を請求しているものではない。しかして供託金債権についても、被告を第三債務者として債権差押の方法による強制執行をなしうることは当然であり、右差押を前提として取立命令をえて取立訴訟を提起しうることも当然である。原告は右手続によつて本件訴を提起しているのであるから、これを目して不適法とする被告の主張は理由がない。

そこで本案の当否について考えるに、原告はその主張の債務名義に基づき、昭和三六年七月二九日の債権差押命令によつて、訴外小笠が訴外今井から仮差押を受け、その解放金として供託した供託金について、被告を第三債務者として、訴外小笠の有する供託物取戻請求権の差押えをなし、昭和三七年五月一日右債権の取立命令をえて、原告主張の頃右供託金の支払らいを催告したが、被告がこれに応じないものであることは当事者間に争いがなく、公務員が作成し、またはその認証があることによつて成立を認めうる乙第一号証ないし第三号証によれば、本件供託については訴外今井が供託物還付請求権者と表示されていること、および同人は訴外小笠に対する本案訴訟で勝訴の確定判決をえた後、供託書の下付を受け、供託金払渡請求書にこれを添付して供託所に提出したので、供託官吏は昭和三七年六月二七日本件供託金の払渡を認可している事実が認められる。

ところで仮差押解放供託金が仮差押の目的物に代る性質を有し、仮差押の効力が右解放供託金の上に存続することは、異論のないところであるが、仮差押債権者は供託物還付請求権者と表示されていても、右解放供託金について何等の権利をも取得しうるものではなく、仮差押債務者の有する供託物取戻請求権が差押えられていると、債権差押の競合となるとする見解がある。右見解に従えば、本件について供託官吏が供託金の払渡を認可したのは違法ということになる。

しかしながら、仮差押債権者が不動産その他の有体物を仮差押えしたのに、仮差押債権者が仮差押解放金を供託したという偶然の事由によつて債権差押に変り、仮差押債権者としては不利な債権差押の競合を生ずるとすることは不当である。また仮差押債務者は、供託原因の消滅した場合に限り解放供託金の取り戻しを請求しうるのであるが、本案訴訟で敗訴の判決が確定すると、供託原因の消滅を証明することができず、解放供託金の取り戻し請求もできないこととなる。したがつて仮差押債務者の有する供託物取戻請求権は、停止条件付権利というのほかなく、右取戻請求権を差押えた者が不利益な立場となるとしても、公平の原則に反するとはいえない。もし右不利益を免れようとすれば、仮差押執行を免れた有体物その他に対して強制執行すればよいことである。(仮差押債務者が解放金を供託して、仮差押執行を免れた有体物を処分することは考えられない)すなわち仮差押解放供託金について、仮差押債権者の有する還付請求権と、仮差押債務者の有する供託物取戻請求権との間には、前記差異があるとするのが合理的である。そして仮差押債権者は、本案訴訟の確定判決をえた場合、本執行として取立命令をえないでも供託書の下付を受け、供託金の払渡を受けうるのは、仮差押物件の換価による執行と同じにみてよいと考え考える。

右のような見解をとると、仮差押解放供託金の請求権を差押える場合、債権差押の競合を生ずる余地がなく、仮差押債権者は、本案の訴訟で勝訴の判決をうることを条件として、常に優位な立場にあることとなるが、これは仮差押解放金の供託ということがしからしめる結果というほかはない。

本件において、前認定のとおり仮差押債権者である訴外今井が本案訴訟で勝訴の確定判決をえた後、供託書の下付を受け、供託金払渡請求書にこれを添付して供託所に提出したのであるから、供託官吏は原告主張の差押があることを理由に右払渡請求を拒みえないものであり、右払渡を認可したのは正当と認められる。されば原告がその主張のとおり債権差押をなし、取立命令をえていても、差押債権である訴外小笠の供託物取戻請求権は、前記理由によつて存在しないことに確定したものであるのみならず、本件供託金は右払渡によつて現に存在しないことが明らかであるから、前記差押競合説によるとしても、本件取立請求はこれを認容するに由ないのである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

岡山地方裁判所津山支部

裁判官 富 田 力太郎

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